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電子書籍『ウィチ通りはどこにあった ステイシー・オーモニエ作品集』柴田元幸 選・訳
ウィチ通りはどこにあった.zip

 第十二回日本翻訳大賞授賞式開催を祝っての特別刊行、日本翻訳大賞出版のオリジナルです。
 イギリスの忘れられた名作家ステイシーオーモニエが柴田元幸の滋味深い訳でよみがえります。ストーリーテリング、ユーモア、ヒューマニズム、サタイアなど、文学とポピュラーフィクションの狭間でおそるべき達成を見せた作家が21世紀に鮮やかに復活します。
 無名の人々、生活に寄り添った「聞こえてきた話」「金があれば話は別」、絶妙なひねりのあるイギリス的ユーモア「『将軍』拉致」、戦争を題材にしたゴーストストーリーと言えるが不思議な質感の「兄弟」、そしてオーモニエのおそらく最高傑作「ウィチ通りはどこにあった」の五作を収録、四百字詰め原稿用紙約百四十枚、
 PDFと電子書籍(ePub)での提供になります。ePubはアンドロイドでしたら「Google Play ブックス」、iPhoneでしたら「ブック」で簡単に読めます。
 売り上げの七割は日本翻訳大賞への寄付となります。

柴田元幸あとがきより

 ステイシー・オーモニエは一八八七年にロンドンで生まれた。父ウィリアムは彫刻家、伯父のジェームズは画家。ステイシーもまずは風景画家として出発し、やがて舞台芸人として人気を博したのち、一九一五年から小説を書きはじめ、二八年に亡くなるまでに八十数本の短篇と六冊の長篇を発表した。短篇の多くが『センチュリー』『ストランド』といった英米の売れ線雑誌に掲載されていることから見て、ひとまず人気作家だったと考えてよいだろう。
 日本でも探偵小説の創作・翻訳で知られる妹尾アキ夫(韶夫)が、一九二四年から二九年にかけて合計八本の短篇を『新青年』に訳出している。のちに八本すべてが『探偵名作叢書7』『探偵小説全集4』のどちらかに収録されたことからもわかるように、ここで注目されたのは探偵小説作家としてのオーモニエである。
 オーモニエが存命中に彼に注目したもう一人の日本人は芥川龍之介である。年間ベスト短篇アンソロジーでオーモニエを発見した芥川は、旧制高校の学生向けに自ら編纂した八巻本の英語読本『The Modern Series of English Literature』の第八巻にオーモニエ短篇“Where Was Wych Street?”を入れている。僕もこの読本を通じてオーモニエを知り、全八巻のベスト作品を訳して一冊にまとめた『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(澤西祐典・柴田編訳、岩波文庫)でこの傑作短篇の翻訳を担当させてもらった(「ウィチ通りはどこにあった」)。
 オーモニエ短篇の面白さは、探偵小説のそれにとどまるものではない。ユーモラスであれいささかシニカルであれ、当時の世相を髣髴とさせる空気を最小限の言葉で醸し出し、特定の個人が生きるささやかなドラマに光を当て、英国らしい階級間の隔たりやコントラストも活用して、記憶に残る情景を定着させる。たとえば、『チップス先生、さようなら』のジェームズ・ヒルトンに絶賛された「嫉妬の一オクターブ」(The Octave of Jealousy)という短篇があるが(おそらく未訳)、これは、浮浪者が貧しい農夫を見てその(相対的な)豊かさを羨み、貧しい農夫はそこそこに富める農場主を羨み、農場主は家柄のいい地主を好み、地主は中央政界に進出するかという勢いの貴族を羨むが、多忙をきわめる貴族はふと目にした浮浪者の気楽さを羨む……と、巧みに円環が閉じられる。
 そのあたり、物語展開の巧さはちょっとO・ヘンリーを思わせるが、O・ヘンリーが「賢者の贈り物」「警官と賛美歌」といったいかにもO・ヘンリーらしく共感と悲哀の彩りを添えてきっちりまとめた諸短篇が何より記憶に残るのに対し、オーモニエの場合は、たとえば「嫉妬の一オクターブ」に見られるような「まとめ上手」からむしろはみ出てしまっているような作品が印象に残る。この小さな作品集では「『将軍』拉致」「兄弟」「ウィチ通りはどこにあった」がそれに当たる。そして、オーモニエをしてまとめ上手からはみ出しせしめる最大の要因は戦争である。一九一七年から第一次世界大戦に参加したオーモニエの従軍体験がどれほど苛酷なものだったかは定かでないが、「兄弟」などの作品には戦争の悲惨、戦争への憤怒が小説の均衡をほとんど破りかねない勢いで噴出していて、それが何より記憶に残る。
 「ウィチ通り」は戦争には関係ないが、何年か前になくなった一本の通りをめぐるドタバタ喜劇が、世間的には有望な一人の青年がほとんど人生を棒に振る展開へと横滑りしていく。これが最初から計算したものか、書いているうちにどんどん興が乗っていったのかはわからないが、あたかも後者であるかのような勢いは間違いなくある。
 しかし、後世はオーモニエに優しくなかった。少し年下のウルフ、ジョイス、ローレンスといった前衛的な作家たちが神格化されていくなかで、オーモニエは過去の大衆作家としてあっさり葬られた。大ぶりの文学事典にも名前は出てこないし、性差や人種に関して取り立てて先見的だったところもないのでアカデミズムに再発見されることもなく、ほぼ忘れられたまま今日に至っている。が、全部の作品が隠れた傑作だとは言わないし、駄作と秀作のどちらが多いかと問われたら前者だと答えざるをえない気がするが、秀作まで一緒に忘却の彼方へ追いやってしまうのはあまりにもったいないと思い、このように小さな作品集を刊行することにした次第である。

¥1,000

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